三浦瑠麗の若い頃が壮絶!子供や夫の画像は?!父親は変わり者?

気になる人物

国際政治学者 三浦瑠麗(みうら るり)

歯に衣着せる語り口でバッサリと切り捨てるタイプで、上から目線でもの申すと政治学者と感じている方も多いでしょう。そう私も「朝まで生テレビ」で初めて三浦瑠麗を知りました。2016年に憲法改正を推し進めようとする政府に対して国会前で大きな反対運動のデモでごった返しているときでした。

SEALDs(シールズ)っていう学生団体を覚えてますか?番組ではシールズの代表の発言に対し「あなた何にも分かってないわね・・・」と嘲笑するかのような反論をしていました。

うわ~、この人絶えず上から目線で、
攻撃すんだな~

なんか同じようなことを話している討論者に対しても決して同意せず「いやそうじゃなく、
こういう事を言っているんですよ」私(同じじゃねーの?俺あたま悪いんかな?)

それ以来、この方を私は封印してしまいました

そんななか三浦瑠麗さんは2019年5月に自伝書「孤独の意味も、女であることの味わいも」を発刊。その自叙伝では今まで誰にも知られなかった若い頃の壮絶な過去が語られていました。そして学生時代に結婚し夫や子供がいることやお父さんは変わり者の研究者。これを知った私は、彼女に対する封印を解くことに…

三浦瑠麗って本当はどんな人なんだろう?今回は正しい姿勢で正面から三浦瑠麗さんを調べてみました。

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プロフィール・経歴

本名:三浦瑠麗(みうら るり)

旧制:濱村瑠麗(はまむら るり)

出身:神奈川県茅ケ崎市

出生:1980年10月3日(39歳)

配偶者:三浦清志

研究分野:国際政治学
     比較政治学

学歴:
1999年 神奈川県立湘南高等学校 卒
2001年 東京大学農学部 入学 3年後に卒業
2004年 東京大学 公共政策大学院 公共政策修士課程へ 2年後に修士課程修了
2010年 東京大学 大学院 法学政治学研究科 博士課程修了(法学博士)

学歴はウィキペディアからの情報ですが、最初は農学部に進学したのですね。東大入学したのが2001年ですので2年浪人してます。このあとが凄いことに飛び級して3年での農学部を卒業してます。その後、政治系の大学院に進んだのですが、農学から政治に移籍っていうのも変わってますよね。そして大学院に入って2年で公共政策修士を取得し、その3年半後に法学博士を取得しています。

通算、約9年半の東京大学で生活!!

すごいわ、この人!笑 こうなると知識は豊富に持ち合わせているでしょうし、敵に回したら手ごわい相手ですね。w

壮絶な事件、小・中学校時代

5人兄弟の真ん中で、三浦瑠麗さんが誕生したのは、お父さんが大学院生のときだったそうです。お母さんは専業主婦で、三浦瑠麗さんの説明ですと世間知らずのまま親になったような人と
説明されていました。

母親が専業主婦で
父親は学生!

どちらかの家が資産家で生活費の援助がなければやれないことですね。で調べてみましたが、どこにも情報が載ってませんでした。

三浦瑠麗さんは、視力は悪く、3歳のころから視力は0.1でした。それにテレビはあるが家の方針でテレビは一切観ることはできなかったそうです。服装も女の子が欲しがるような可愛い服装ではなく、地味なものばかりだったそうです。オモチャも与えられなかったため楽しみは図書館から借りてきた本を読むことだったそうです。

メガネっ子で地味で、
本ばかり読んで、テレビの話題も
まったくできない異質な女の子

このため小学高学年からイジメが始まったそうです。そして高校まで誰からも無視といった
「ぼっち」のイジメを受けていたそうです。

お父さんも東大卒

お父さんの濱村久明さんは北九州の小倉高等学校を卒業し、東京大学に進学し大学院博士課程を終了した心理学博士です。卒業後すぐに防衛大学の教師となりいまは人間文化学科の学科長を務める教授さんです。

子供にはテレビを一切禁止で、好きなことをやれというタイプだそうです。娘である三浦瑠麗さんからみたお父さんは研究者になりたくてなった人だそうです。

好きなことをやれということなので、お父さんは社会に役立てるとか、成功しろとは一切言わなかったそうです。やはり東京大学で大学院までいく方はどこか人並み外れたものを持っているんですね。

学生結婚するし・・・

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そして14歳の三浦瑠麗を襲う事件が・・・

三浦瑠麗さんの自伝書が最近出版されました。「孤独の意味も、女であることの味わいも」
という題名です。

ここで彼女を襲った壮絶な事件を語っています。14歳の中学生のとき小説を読みながらの
帰宅途中、不良グループに襲われたというものです。あまりここでは赤裸々に詳細は語りませんが、ご想像の範疇です。

殺風景な新幹線の高架下で、ほらよ、と放り出されて、私はバッグとスカーフを胸に抱えて家までよろよろと歩いた(中略)制服を脱ぎ捨てたのち、手負いの狼のように私は炬燵の中で唸った。下腹部の痛みが尋常ではなかった。手でさわると血がついた

このとき三浦瑠麗さんはこのことを誰にも話しませんでした。その時の心境をフジテレビの「ノンストップ」という番組で以下のように語っています。

「恐怖を追体験しないため、死んでしまった方がいいんじゃないかと悩んだ」
「自分が被害を受けたのに自分が悪かったんじゃないか」

母親にこのことを明かしたのは彼女が高校生になってからだそうです。後ろ向きな感情は消えることなく東京大学に進学することになるのですが、恋人で後に夫となる三浦清志さんとの出会いが彼女を救うことになりました。番組では三浦清志さんが当時、三浦瑠麗さんに送った以下のことばも紹介されました。

暴行を受けた側が悪いんじゃなくて、明らかに暴行を加えた人が悪い。
責任と原因・結果のつながりを分けて考えましょうというメッセージをくれた。

東大在学中に東大先輩の三浦清志さんと学生結婚

ご主人の三浦清志さんと三浦瑠麗さんが知り合ったのは農学部2年生のときのようです。農学以外の授業を受けてみようと教養学部の授業を受けたときに知り合いました。そして出会いの翌年である2003年にスピード結婚しました。

テレビで見る三浦瑠麗さんのイメージから想像できませんね。お子さんは小学生のお嬢さんが1人おり、2012年に誕生しています。実は次女のはずだったのですが・・・

というのも結婚から7年たった2009年。法学博士課程にいるとき第一子を身ごもっていました。ちょうど博士論文の追い込みや、新居への引越やらと忙しく無理をした結果、切迫早産になり長女は死産でした。

さぞ哀しい思いを経験されたに違いないでしょう。気丈に振る舞うタイプなのでその時もあまり感情を顔にださなかったのかな?いやご主人に対してはきっと私達の知らない三浦瑠麗さんを見せていると思いますよ。

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ご主人の三浦清志さんは超エリート!

ご主人の三浦清志さんは日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフです。年齢は三浦瑠麗さんより一つ年上のようです。2002年に東京大学・教養学部を卒業し外務省に入省しています。要するにキャリア官僚ってやつです。

入省翌年の2003年に三浦瑠麗さんと結婚してますから、まぁ普通といえば普通ですがご主人が経済的な面を支えられていたということですね。2004年には大臣官房総務課・外務省組織改変を担当されています。

その後ほどなくして外務省を辞め、世界的なコンサルティング会社のマッキンゼー&カンパニーに転職されています。マッキンゼーといえば年収1000万超えは当たり前の会社です。三浦瑠麗さんが大学院に進んで間もなくマッキンゼーに転職したことになりますから、その後の生活は安定していったのではないかと思います。

そして2007年には最年少でマネージャーに昇格しています。超エリートなんです。マネージャーとなれば年収は億を超える人もいると聞いています。2009年に第一子を身籠ったとき
新居への引越が忙しかったとも語っていますので、億を超える豪邸に移り住んだのかもしれませんね。

三浦清志さんはその後、ベインキャピタル、セーフレイジャパンとファンド会社でキャリアアップし、現在はTribay Capitalというファンド会社でマネージングディレクターとして活躍しているそうです。

まとめ

今回は国際政治学者である三浦瑠麗さんは本当はどんな人なのか探ってみました。研究者肌のいわば、好きなことを研究さえできればいいという父親のもと、子供のころはテレビも禁止、
オモチャも与えられず、図書館から借りた本だけが友達のような「ぼっち」生活と同級生の無視。

そして中学の時に起きた悲惨な事件。彼女を救ったのは学生時代に知り合い、後にご主人となった三浦清志さんであり、もう1つは東京大学で学んだ国際政治者としてのキャリアなのではないでしょうか。

ストレートにものを言うのは大学に入学するまで人とあまりコミュニケーションを取らなかったことや、お父さんと同じく研究者としての気質なのではないでしょうか。ちょっと三浦瑠麗さんに対する見方が自分自身も変わったようです。

一般的な日本人とはちょっと違うので苦手な方は外国人と思いましょう。笑

それでは最後まで読んでいただき
ありがとうございした!

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